「太陽を抱く月」の“星宿庁(ソンスクチョン)”は存在した

 

「太陽を抱く月」で欠かすことのできない存在が“巫女(ムニョ)”と“星宿庁(ソンスクチョン)”です。ドラマはフィクションですが、歴史的な背景は李氏朝鮮時代に基づくもので巫女も星宿庁も実在していたものです。

ドラマのなかで大妃(テビ)が星宿庁の存続危機を示唆する場面がありますが、その変遷をみてみましょう。

 

○星宿庁(ソンスクチョン)とは?

李氏朝鮮の前期まで実在して官庁の一つ。星宿とは星座を意味する。

土着信仰と道教思想が融合して出来上がった朝鮮半島のシャーマニズムが巫堂(ムーダン)무당で、それを公のものとして利用した官庁が星宿庁(ソンスチョン:성수청)という位置付け。

王室の安泰を祈り、祈祷によって晴れや雨を願う(雨乞い)が主な仕事。他にも占い・治病・予言・呪詛・歌舞を行っていた。風水もそのうちの一つ。

もともと統一新羅高麗の時代から時代から国家運営に深く関わっていたとされ、国の機関としては高麗の明宗の治世に設置された「別例祈恩都監(ピョルレギウンドガム)」がその前身とされている。

高麗時代に国の繁栄と安泰を祈る「別祈恩(ピョルギウン)별기은」という仏教と道教的な国家儀式として正式に行われた行事にも関わっていた。この頃からシャーマニズム的な要素を持っていた。

李氏朝鮮時代になり儒教が国家の宗教となると、星宿庁の存在や道教的な行いに対して否定的な見方をされるようになり、蔑まれるようになる。通常、政府機関は城内に置かれるのが普通だが、星宿庁は城外におかれ巫女の城内への出入りは制限されていた。

 

○星宿庁の廃止と民間信仰

朝鮮王朝時代は表立って出てくることはなくなったが、『朝鮮王朝実録』の中にその存在をみることができる。

9代成宗、10代燕山君、11代中宗の時代に星宿庁に関わる記述がある。1478年(成宗)には星宿庁の修繕を止めるようにする上訴(官僚、臣下が王に対して訴えをおこすこと)、1506年(中宗)には邪教を扱う異端の昭格署(ソギョヌソ)と共に星宿庁も廃止すべきとの上訴がなされている。燕山君の治世では擁護されることもあったが例外。

1518年に当時の急進的儒家で士林派(朝廷の党派の一つ)の趙光祖(チョ・グァンジョ)の上訴によって昭格署が廃止され、1522年中宗の母(大妃)の大病の際に一時的に復活するが、これ以降、星宿庁の記述は見られなくなったためこの時廃止されたとみられている。

しかし民衆の間にはシャーマニズムは受け継がれ、断続的に王室や両班の間でも利用されていた。別祈恩は公式な行事としてはなくなったが、王室の行事としては続けられていた。(歴史ドラマにも王族や民衆が密かに巫女に占いや呪詛を頼みにいく場面がある。)

昭格署(ソギョヌソ):道教的な祭事を行う官庁。三清殿の祭祀を司る。 「三清殿」は道観(道教寺院)内に建てられた、道教の最高神格「三清」を祀る場所で、道教における天上界の最高天「玉清(オクチョン)」、「上清(ハチョン)」、「太清(テチョン)」の三位を祀っていた。

 



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