「王女の男」でみる李氏朝鮮の王位の世襲:第7代世祖

 

韓国の歴史ドラマの基礎知識として李氏朝鮮時代の王位継承について知っておくと、ドラマの展開や人物関係が理解しやすくなります。

 

○王位継承の基本

李氏朝鮮の王位は基本的に世襲です。全州李氏(初代・李成桂の出身)の子孫によって継承された。王位の継承順位は、①王妃の生んだ長男男子→次男・・・②側室の生んだ長男男子→次男・・・となり王妃+長男が最高位となる。

実際、王位を継ぐ候補として正式に認められるには“世子(セジャ)”に冊封される必要がある。だいたい10歳くらいで冊封されることが多い。その前は元子(ウォンジャ)といわれる。

冊封されると東宮殿で帝王学を学び別格の扱いとなる。(ドラマでは「セジャ」「東宮嗎嗎(トングンマーマー)」と呼ばれる)

しかし“世子”となり王位継承を正当なものにするためには、その当時の中国の皇帝に認めてもらう必要があった。これをもって正式に世子に冊封されるとその地位は揺るぎないものとなる。

その他の男子は世子が子供を残さないまま王位を継げないときのための代わりでしかなかった。その待遇は雲泥の差があり、王族といえども経済的に困窮する者もいたとか。初期のころは政治に関わる王族もいたが、王位を狙っていると思われると消されてしまうので、基本的には政治には関わりをもたなかった。

 

【マメ知識】

朝鮮王朝の王族は子供の身分は然り、呼び方にも厳密な決まりがあり区別されていた。

王妃の子は「嫡子」で世子以外の男子は“○○大君(テグン)”、女子は“○○公主(コンジュ)と呼ばれる。

側室(後宮)の子は「庶子」で男子は“○○(グン)、女子は“○○翁主(オンジュ)と呼ばれる。

 

○世祖(首陽太君)の王位強奪?!

王位の継承は現王の死の前に遺言によって指名するため(詳しくは風習:葬儀)、王の交代は「」か存命のときには「譲位」しかない。直接王位を略奪することは道義に反するため、あくまで王の意志で譲位する必要があった。そのため第6代端宗は自ら譲位することを宣言した。

ただ実際はそう宣言せざるを得ない状況まで朝廷内では叔父の首陽大君の権力が拡大していた。この時、端宗には子供がいなかったため父・文宗の弟(第4代世宗の次男)の首陽大君を王として指名した。

このような背景もあり首陽大君(後の第7代世祖)は直接王位を奪ったわけでは なかったが、実際には“世子”を経ずして王位についたため、正当性を疑う声があった。首陽大君は第7代朝鮮王に即位後、事後報告のようなかたちで中国の明の皇帝に報告したため、はじめは不信感を抱いたが端宗が譲位したことを知ると即位を認めざるをえなかった。

しかし正式に王の後継者として冊封されていなかったため、王位継承の正当性に疑問を抱く臣下に弾求されるのを恐れていたとされる。

 



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